名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1778号 判決 1950年12月05日
被告人
山下伊三郎
主文
原判決を破棄し、本件を岐阜地方裁判所八幡支部に差戻す。
理由
弁護人田中喜一の控訴趣意第一点について。
(イ)(ロ) 本件に於て事実の争点の一つは本件砂糖を被告人が広瀬義松に売つたものであるか又は単に仲介をしたに過ぎないものであるかということである。ところで、所論の広瀬義松の買受始末書は原判示粳精米、糯精米大豆並に砂糖を被告人から買受けた旨が記載せられてあるものであるが、これが原審に於て証拠として提出された経過を原審公判調書の記載について見るに、原審第一回公判に於て検察官から右買受始末書の取調べを請求したところ弁護人に於てこれを証拠とすることに同意しなかつたので、検察官は右請求を撤回し、「広瀬義松が被告人より砂糖を買受けた事実を立証するため」広瀬義松の証人尋問を請求し(第一回公判調書)これが採用となり、第二回公判において同人が証人として尋問せられた。同証人の供述内容中砂糖の取引に関する限り、それは被告人から買受けたものではなく被告人の仲介で和田某より買受けたものであるとて被告人の弁解に添う供述をして居るのであつて、従つて右買受始末書の記載内容とは異るのである。ところが同公判に於て右証人尋問終了後検察官は更に右始末書の取調を請求した、その点につき公判調書の記載は次の通りである。(記録第四六丁表以下)
「検察官は広瀬義松の
一、買受始末書 一通
の取調を請求し立証趣旨を陳述した
裁判官は被告人に対し右検察官の請求した書証を証拠とすることに同意するかどうかを問うたところ
被告人は同意すると述べた
裁判官は右の買受始末書は証拠として取調べる旨決定を宣告した。
検察官は取調べを請求した買受始末書を朗読展示して裁判所に提出した。」
右公判調書の記載では検察官が右買受始末書の取調を請求するに際して陳述した「立証趣旨」の内容が明らかにされていないので、果して公訴事実を証するための証拠として取調べを求めたものか或いは刑事訴訟法第三二八条に則り証人広瀬義松の証言の証明力を争うために取調べを求めたものか明瞭を欠く。裁判官が被告人に対し証拠とすることに同意するかどうかを問い、被告人が同意している旨の記載を見ると前者の如くであるが、又一方右買受始末書の取調べを請求するに至つた上述の経過に徴すれば寧ろ後者であると見るのが妥当であるようである。果して後者であるとすれば右買受始末書は之を罪となるべき事実認定の証拠とすることが出来ないことは所論の通りであるが、少くとも、証拠能力のあることがあいまいであつて明白でないという点において、これを証拠として採用した原判決は違法たるを免れない。而も本件砂糖の取引に関する限り右始末書は被告人の自白以外の唯一の証拠であるから右の違法は判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。故に論旨は結局理由あるに帰し原判決は破棄せらるべきものである。
(註 本件は事実誤認により破棄差戻)